まいにち。まいにち。

「誰からも頼まれもしない」ことを勝手にしよう(森博嗣)

時代と自由

 

木内昇の「漂砂(ひょうさ)のうたう」を読んだ。木内さんの本は昨年新聞のコラムで知るようになってから好きな作家の一人になった。「漂砂のうたう」は直木賞を受賞した作品で彼女の代表作ではあったものの、これまでしばらく読まずにいた。理由としては時代小説をよむことがほとんどなく、読みにくい文章だと避けていたのだと思う。今回文庫本となったのを機に読むことにした。

舞台は明治初期の根津遊郭だ。根津神社辺りに吉原ほどの規模ではないが遊郭があった。
江戸時代から近代へと移行している中、士族の反乱が各地で起こっており、明治政府が盤石ではなかった頃の話だ。
 
主人公は遊郭で働く男で、元々は武士だったが家を飛び出しその日暮らしをしている。彼の生活の範囲内で物語が進んでいくので何か大それたことが起きるわけではない。
 
それでも、時代の変わり目ということもあり、主人公の周りでは様々な変化が訪れている。
例えば賭博所で働いていた者が西南戦争で戦いに行ったり、武芸が優れていた兄が弟である主人公に使われる立場になっていたり主人公のその日暮らしに少なからず影響を与えている。
江戸時代の士農工商といった決められた枠のなかで一生を過ごせれば安泰である時代から、枠がなくなって自ら仕事を選択することができるようになりつつある状況になっている。
 
本の中では自由を意識させる文章のなかに「生簀の中の金魚が外に出たらどうなるんだろう」という記載があり、現実にそれが起こった場面では主人公に強く意識させるものとなっている。
 
時代設定は今から一世紀あたり前ではあるが、今の仕事観と比較して読んでみてもそれほど遠い昔のことだとは思えない。
 
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少し前にPSYCHO-PASS(サイコパス)というアニメをみた。
その世界では働き始める前に一人ひとりの職業の適性をあらかじめ知らせてくれるシステムがあり、仕事は適格と判断された業種からしか選択できない。高度な技術のおかげで適正な働き方ができており、犯罪者はあるフィルターを通せばすぐに御用となるので犯罪も起こらない。
しかしある人物が盤石なシステムを崩壊させようとして動いたときに、自ら選択できなかった仕事に不満を抱えた人達が反乱をおこす場面がある。
適材適所といえば聞こえがいいが、自ら選ぶことができなかったことへの鬱憤が現れたシーンは印象的だった。
主人公の女性はどの仕事でも適性がある万能な人材だった。それ故彼女はどこで働くかを選択しなければならなかった。友人からは羨ましがられ、あえて危険な職場を選んだ彼女を同僚は当初皮肉をもって迎えられる。けれど彼女は困難を乗り越えて責務を果たしていき、一目おかれる存在となる。
 
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漂砂のうたうの主人公は自分の選択で失うことを恐れていた。過去を捨てないと先に進めないと考えていた。そんな彼には「他人が奪えるものなんて取るに足らないものしかない」「今を生きるために過去を捨てる必要はない」
 
今年は選択することが多い年だった。後悔することがなかったと問われれば嘘になるが、それでも時間は進んでいく。そんな時に上にあげた作品に出会えたのは良い機会だった。
 
   
漂砂のうたう (集英社文庫)

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PSYCHO-PASS サイコパス VOL.1【Blu-ray】

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