まいにち。まいにち。

「誰からも頼まれもしない」ことを勝手にしよう(森博嗣)

トウキョウソナタ

沿線に住む家族4人の物語、健康機器メーカーに勤める父親と専業主婦の母親、長男は大学生、次男は小学生という家族構成である。テーマは一言で言うならば、家庭崩壊になるのだろうか。父親は健康機器メーカーの総務課長を務める大黒柱であり、父親であることの権威をかざしている。母親は専業主婦として家で身の回りのことをして家庭を支える。そこに父親のリストラを端に発した長男の米軍志願、次男のピアノ教室通い、そして母親が強盗に襲われ、人質にされる。
 
 この映画で焦点になるのが家族における夫と妻そして子供との関係である。
もともと他人であった二人が、結婚を経て夫と妻になり、出産、子育てを通じて彼らの役割を演じる。少し前まで当たり前だった家族の風景(夫が仕事をし、妻が家庭を受け持つ)が描かれる
ここで突然のリストラが言い渡される。しかし、もともと権威を重んじる夫は妻や家族にそのことを伝えられない。
父親の権威をあらわすシーンにこんな場面がある
久しぶりの家族そろっての食事の時に、食べ始める前に一人だけビールを1杯飲むのである。この家族には父親がいただきますを言ってからみんなが箸をつけることになっているのだが、一人だけ先に楽しい思いをしてしまう。(しかし同時にこのシーンが滑稽に見えているは、既に父親はリストラされて昼間はハローワークや図書館で時間をつぶして仕事はしていない、にもかかわらず、とてもおいしそうにビールを飲むのである。さぞ仕事を頑張ってきた会社員だった時のように)
 
 妻は夫が失職していることを外出中にたまたま知ってしまう。しかしそのことを黙っている。
これは夫が家族内で権威をもった父親である立場が子供たちにとって曖昧になってしまうことを避けるためだった。(次男が発端となった喧嘩で明らかになるが、もしこの感情の高ぶりがなかったならば、胸に秘めておくことになっただろう)
けれども、長男が米軍に入隊する話を両親に打ち明けた時、父親は彼の威厳で長男を押さえつけることはできなかった。長男は米軍に入る理由として家族は守るためだ、と答えた。「では、父親はいったい何で家族を守っているのか」と問うた時、既にリストラされている(しかし家族に伝えられない)父親は何も言うことができなかった。
しかし、そんな夫を言葉少なげに支えているのが妻である。上のごたごたがあった後に、長男は「父さんと離婚しちゃえば」と持ちかける。けれども彼女は「じゃあこの家のお母さん役はだれがやるのよ。意外とお母さん役も悪い役ばかりじゃないのよ」と返す。家族にごたごたがあっても、母親としての役割を投げ出さない姿が印象的。この後に登場する強盗は彼女の日頃の鬱憤(子供に相手にされない無力感など)を発散させるダークサイドの役割として登場するものの、最後に家に戻ってくるのは母親として家族を支えることを選んだからだろう。
 
 次男はこの映画の登場人物の中で最も若いが、一番他人とコミュニケーションをとろうと心掛ける役割をする。しかし、小学校の担任や両親は対等に話をしない。皮肉なことに、悪いことをしてからではないと真剣に話を聞こうとしない大人の姿が描かれている。けれども、離れ離れになった家族を一つにまとめるきっかけになったのが偶然にも備わっていたピアノという才能だった。
父親と母親はもともと他人である。しかし、子供の存在はどちらにとっても肉親である。仕事という父親が持つ権威が崩れたが、子供の才能を両親が後押しすることで家族のつながりが修復しはじめる。
 
希望のある映画だった。
 
 
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ちなみに、父親(男)の現実はなかなか厳しいようだ

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