まいにち。まいにち。

「誰からも頼まれもしない」ことを勝手にしよう(森博嗣)

2016年に読んだ本のこと

2016年も色々な本を読んできた。特に印象に残ったものを紹介する。
 
昨年はこちら。
 
1.ガイトナー回顧録
昨年はイラク戦争がなぜ検証されずに、間違った方向に進んだのかについていくつかの本を読んだが、今年は金融危機についての回顧録(ポールソンおよびガイトナーバーナンキは未読)を読んだ。金融危機については既に市民側についての本は「誰がアメリカンドリームを奪ったのか?」や映画マネー・ショートで解説されているものの、中枢の政策側が何を考えて動いていたのかはほとんど知らなかった。何故一部の金融機関は救いながらも、リーマンブラザーズは救わなかったのか。中でもガイトナー回顧録は著者自身が考えるアメリカとEUの危機に対する考えの違いを解説していて興味深い。ガイトナーはEU側は旧約聖書的考え(約束を守らないものは罰を与える)が主だが(別の考察ではEUといっても南欧は比較的緩やかに考えているようだが)故に、投資家を安心させることが出来ないために、動きがいつまでも安定しないのだという。恐らく大部分の人が賛成するだろう道徳にのっとった行為、というのが市場にとっては逆効果というのは感情的に相いれないものの、信用という目に見えないものを扱うには別の方法をとることになる。(くしくも、ギリシャに対する緊縮政策に対する強硬的なEUの姿勢が上手くいかないことによって証明されてしまった)イラク戦争についてはイギリスの当時のブレア政権のアメリカへの協力姿勢の動きを追った「倫理的な戦争」で批判されていた、ー側近だけの意見に限られたことが問題の一つとして提起されていた。
けれども金融危機においては、財務長官をはじめとするチームが大統領からの信頼のもとに一丸となって進められたことが震源地ではありつつも、早く回復したことの要因(とはいえ、詳細は議会や党内でもめ、途中で政権交代もあったものの)の一つ(アメリカの力強さ)といえる。

 

ガイトナー回顧録 ―金融危機の真相

ガイトナー回顧録 ―金融危機の真相

 

 

2.石油の帝国
世界最大のエネルギー企業エクソン・モービルがどのような企業なのかを2人のCEO(レイモンドおよびティラソン(トランプ政権下国務長官予定)体制での出来事を紹介している。エネルギー企業は日本における東京電力の事故の大きさでもわかるように、あまりにも生活の身近にあるために普段は気付かないが、事故が起きた時のやり玉にあがったり(本書では原油流出事故を取り上げている)、温暖化の主原因として非難を浴びたり、発展途上国では不安定の政府よりも堅固なセキュリティを有するなど目立つがゆえに、様々な方面に対応する能力が求められる。特にそのトップとなれば対国との交渉も必要となる。その範囲は国境を越えて帝国といっても間違いはないだろう。2人のCEOの違いも面白く、レイモンドは典型的な専制君主だったが、ティラソンは自身がボーイスカウト出身だからか、周りのやる気をどのように高めるかに主軸をおいているようにみえる。温暖化対策についても、徹底的に対抗していたレイモンドに対し、ティラソンは世論を注視しながら柔軟な対応をしている。次期トランプ政権の国務長官として名前が挙がっており(とはいえ議会の承認がないと正式には認められないが)実務経験はないとされているが、選ばれた暁にはその石油の帝国でみせた手腕をいかんなく発揮することは想像に難くない。

 

石油の帝国---エクソンモービルとアメリカのスーパーパワー

石油の帝国---エクソンモービルとアメリカのスーパーパワー

 

 

3.ポーランドのボクサー
硬い本が続いたので、後は小説を紹介する。とはいえ、この本の背景は今の世相を表している。作者の祖父はアウシュビッツで生き残った。彼自身は戦争を経験してはいないが、祖父の言葉を通じて彼のオリジンが経験してきたことを疑似体験しており、また現在にも残る民族間の迫害について何を感じたかを書いている。また、ジプシーというnamelessな存在への憧れもみられる。日本にいると、特定の民族に属しているだけで迫害を受けたり、既に生まれた国がない人ものの、昔あった国への思いは強く持っているなど、身近に考える機会がないゆえにただただ目の前の悲劇に翻弄されることが多いが、すでに半世紀以上経過した戦争が遺したものは引きずられて今に至ることがよくわかる。決して終わってなどはいないのである。
また、作者はジャズマニアらしくいくつかの小作品の順番を並び替えても読むことが出来るように作っており、日本版は原文とは違う構成になっていてそれも興味深い。(文の流れも音楽のように感じるところもある)

 

ポーランドのボクサー (エクス・リブリス)

ポーランドのボクサー (エクス・リブリス)

 

 

4.春にして君を離れ
ミステリーの女王、アガサ・クリスティーが別名義で出した本で、新聞でこの本を知るのだが、今年は結果的にこの本の内容に近いものを、テーマは違うが何冊か読むことになった。例えば絲山秋子「薄情」では内なる自分との対話は行っており、自身が外の人間に対して薄情な態度をとることに自覚的である(けれどもそれを変えられない)し、木内昇「光炎の人」では好奇心旺盛の技術者が自分の得意な技術を実用化したいあまりに、時代に飲み込まれてしまう話だ。このアガサ・クリスティの本も、献身的な妻として長年家族をサポートしてきた主人公が実は他の家族や友人からは正反対に受け止められている。自身との対話の中で自分が正しいと思うあまりに周りの意見に耳を傾けないで生きてきたことは本人にとっては問題ないのかもしれないが、西川美和永い言い訳」で書かれているように人生は他者であり、社会的な存在として生きるためには他者の存在が不可欠だということを痛烈に感じさせるものだった。誰も死なないが、形を変えたミステリー小説といっていいと思う。

 

春にして君を離れ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

春にして君を離れ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 

 

5.ペップ・グアルディオラ 君にすべてを語ろう
現在はイングランドプレミアリーグマンチェスターシティの監督を務めているが、この本はバルセロナからバイエルン・ミュンヘンに移った時の1年間に監督に密着して書かれた本である。新たなチームに移った時に求められることはいうまでもなく勝利することだが、選手はもちろんチームによって異なるし、対戦相手も異なる。前日本代表のザッケローニ氏に通訳として連帯した矢野大輔「監督日記」では、監督の意向と選手の考えとの対話が最後まで浸透しなかった印象が残ったが、この本の中ではグアルディオラが選手のほとんどから信頼を受けている様子が見られる。おそらくそれは彼の勝利への執念への行動が選手を動かしたのだろうし、また、リーグ内で優勝が決まった後に、あっけなく連敗してしまうし、彼自身も気の緩みがあったという、組織的なスポーツが持つ繊細さと一人のスターで勝ち続けることの困難さについて教えられる一冊だった。

 

ペップ・グアルディオラ キミにすべてを語ろう

ペップ・グアルディオラ キミにすべてを語ろう