まいにち。まいにち。

「誰からも頼まれもしない」ことを勝手にしよう(森博嗣)

金沢の喫茶店で魔女に会う

金沢にはもう2度ほど訪れている。きっかけは北陸新幹線の開業だった。けれども、その後、新幹線の盛況により航空機の乗客率が下がっており、割安になっているというニュースを目にして、夏休みに金沢を訪れてからその魅力にとりつかれて、2014年の夏休みに金沢を訪れた。
 
2015年には年末に金沢を訪れたあとに、加賀温泉駅へ行き、山代温泉の古湯の静かで熱い湯の虜になって、2016年にも同時コースを行く予定だった。
 
そんな時に午前四時さんのつぶやきでローレンスという喫茶店を知った。

 

ローレンスという店の名は作家のD.H.ロレンスから取ってるそうだ。どうやら店主の女性がおしゃべりで、その風貌から魔女と呼ばれているらしい。喫茶店も片町という金沢の繁華街(路面店などがある)の近くだという。事前情報が多すぎると楽しみがなくなるので、あまり散策するのはやめにした。
 
どうやら開店は二時くらいだが、私が行った時はまだ空いていなかった。そこで、また周囲を散策した夕方に訪れると、今度は満席で入れなかった。雪は降っていなかったものの、12月の金沢の外は寒いので近くのおでん屋で暖をとった後に、閉店の三十分前にもう一度訪れると、店主が覚えていてくれて中に入ることができた。

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すでに客は私以外に2組おり、雑談に興じていた。喫茶室は仕切りがあるものの、それは隔離されたものではないので、話し声はすべて筒抜けで聞こえてくる。
 
その時の話題は好きな食べ物で、店主はクワイや百合根が好みのようだ。(すでに色々なところで語られているように、こちらから聞かなくてもいくらでも話してくれる)
また、もともと生まれは金沢ではなかったが、大学は金沢美大を卒業しているようで、私は以前読んだ東村アキコの自伝的作品「かくかく、しかじか」を思い出した。東村さんは店主の後輩にあたり、大学時代は課題よりも遊ぶことに夢中ではちゃめちゃな生活をしていたシーンがあった。おしゃべりな魔女は大学時代からこんな感じだったのだろうか。
 
私の机にはメニューが置かれていたが、「コーヒーでいいかしら?」と声がする。
選択の余地はなかった。

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断る理由もなかった。
 
隣の客との話題は好きな画家の話になり、Juan Sánchez CotánやGiuseppe Arcimboldo(果実で人物画)、クラナッハ藤田嗣治の名前が出たが、私がかろうじて知っているのは藤田くらいだった。
 
やがて閉店が近づき、私の隣にいた客が別れを告げ、がらんとした喫茶店に店主と私が残された。
ようやくそこでマッチ箱の質問をした。
 
店主は快く答えてくれた。

 

マッチ箱の作者について尋ねると、店主は少しの間記憶を巡り、作者は男性で、店主の大学時代の先輩で最初から最後まで一貫して優秀な成績を修め、博報堂に内定していた。けれども直前になって家業の大黒柱が亡くなり、米屋を継ぐことになったという。

この作品はおそらくその人の最初で最後の商業作品だったようで、店主ももう片手で数えるくらいしか持っていないという。四時さんはこのマッチ箱は掃除している時に見つかったもののようだけども、忘れられていたようだ。
(お店を出た後思わずTwitterにこの話を書いてしまおうかと思ったものの、個人的な思い出のいいとこ取りをしてしまうのも悪いいので、四時さんが直接聞くまで封印することにした)
 
その後、話題は藤田嗣治に移り、府中市美術館と川村美術館でみた彼の作風の変化について話をした。店主はちょうど藤田の研究をしている林洋子さんの本を持っているのを見せてくれた。(この後実家に戻ると母親がおない本を持っており、驚く)
 
次に、店内の空間に話題は移る。せっかくの機会なのでがらんとした店内を許可を得て撮影させてもらった。元々は居住空間だったものを今の店主が引き継いでドライフラワーがあふれる店内になったという。
 
ある部屋に大根が一本置かれていたことに驚き、誰かの忘れ物なのかを尋ねたが、これも店主の意向で朽ちていく様子を観察するために置いてある。
 

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※ネタではない。
 
店主は今年で66歳と私の倍ちかくの時間を生きているが、目はキラキラしていて、老いを感じさせなかった。それはおそらく彼女自身が好奇心を持ち続けながらこの喫茶店を守っているからなのだろう。新聞も読んでいるようだった。

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随分と長居をしてしまったことを詫びて、帰ろうとしたところ下の階段まで送ってくれた。門を閉める少し手前で思わず握手を求めたのは自然な成り行きだった。
 
一度訪れた場所ですぐに好きになる空間はそれほど多くはないが、この喫茶店は多くの人に愛されているようだ。毎日訪れることはできないが、また金沢にきた時にはここにくるだろう。
 
昨年で50周年だったようだ。